退職はもう決めているのに、引き継ぎに使える時間がない状況に置かれていませんか?
この記事では、引き継ぎが不十分なまま退職して損害賠償を請求されることがあるのかを整理します。あわせて、非常識だと思われないために最低限やっておくべきことも紹介します。
じん係長私自身、製造業で8年働いたあと退職し、IT業界へ移りました。
この記事でわかること
- 引き継ぎをしないまま辞めたくなる理由
- 引き継ぎ不足で損害賠償を請求されるのか
- 最低限どこまで引き継げば非常識だと思われずに済むか
- 就業規則に引き継ぎの決まりがあるときの考え方
- それでも罪悪感が消えないときの相談先
読み終えるころには、損害賠償を過度に心配せず、いま残せる範囲の引き継ぎを進められるようになるはずです。必要な範囲を終えていれば、気持ちを切り替えて次の環境に進んでいけますよ。
引き継ぎをしないまま辞めることに不安を感じている方は、ぜひ参考にしてみてください。
引き継ぎをしないで退職したくなるのはどんなとき?
引き継ぎをしないで辞めることを考えるのは、通常業務が減らないまま退職日が近づき、資料を作る時間の余裕がなくなったときです。
なぜなら、退職の意思を伝えたあとも、担当していた仕事は基本的に変わらず、引き継ぎのためだけの時間が別に用意されるとは限らないためです。
体調を崩している、上司と話せる状態にない、といった事情もありますが、この記事では時間が足りずに引き継ぎが終わらないケースを中心に扱います。
- 引き継ぎの相手がまだ決まっていない
- 退職日までに任されている案件が終わらない
- 引き継ぎ用の時間を上司に相談できていない
ネットで調べると、会社側に向けて「引き継ぎをしない社員にどう対応するか」を書いた記事も混ざってきます。自分が問題を起こす側として書かれた記事を読まされると、居心地が悪く感じるものです。
引き継ぎをしたい気持ちがあっても、時間がなければ十分にはできません。
それでも、引き継ぎが不十分なまま辞めて、あとから損害賠償を求められないか、という不安は残りますよね。まずは、損害賠償のリスクがどこまで現実的なのかをお伝えします。
引き継ぎをしないで辞めると損害賠償を請求される?

退職すること自体は労働者の権利であり、引き継ぎが十分でなかったというだけで損害賠償が認められることは、まずありません。
なぜなら、民法415条にもとづき、会社の側が2つを証明しなければならないためです。ひとつは損害の発生、もうひとつは引き継ぎ不足との因果関係です。引き継ぎが多少不十分だった程度では、証明のハードルは高くなります。
労働契約法3条4項は、労使双方に信義誠実の原則(契約をお互い誠実に果たすという考え方)を求めています。ただし、引き継ぎを最後まで終わらせる義務を定めた条文は、労働契約法にも民法にもありません。
引き継ぎが終わっていなくても、期間の定めのない雇用であれば、民法627条1項により、退職を申し入れてから2週間で雇用契約は終わります。
期間の定めのない雇用とは、正社員や、契約期間の書かれていないパート・アルバイトのことです。契約期間が決まっている働き方は扱いが変わるため、雇用契約書の期間の欄を確かめてみてください。
会社から実際に損害賠償を請求すると言われた場合は、自己判断で対応せず、早めに弁護士へ相談してください。
出典:労働契約法(e-Gov法令検索)/民法(e-Gov法令検索)
会社が損害の発生と因果関係の両方を証明できなければ、損害賠償の請求は通りません。ただし、連絡が取れないまま出社しなくなり、取引先への対応が止まったような場合は、損害と因果関係の両方が示されやすくなります。
では、実際にどこまで引き継げば十分なのでしょうか。
最低限どこまで引き継げば十分?

担当している仕事の一覧、いま動いている案件の状況、よく使う連絡先とファイルの場所。この3つが残っていれば、最低限の引き継ぎとしては十分です。
なぜなら、後任がいま何が動いているかを把握できれば、ゼロから業務を覚え直す負担が減り、後任が困る場面をかなり減らせるからです。
- 担当している業務を一覧に書き出す
- いま動いている案件と、次にやるべきことをまとめる
- よく使う連絡先とファイルの保管場所を共有する
資料は完成度を追い求めず、後任が読んで分かるかを優先すると良いでしょう。
資料の項目をこの3つにして、その下に箇条書きで埋めていけば形になります。埋めきれない項目は空欄のままで大丈夫で、何が引き継げていないかが後任に伝わります。
| 場面 | そのまま使える言い方 |
|---|---|
| 残せる範囲を先に伝える | 「引き継ぎ資料は、業務の一覧と進行中の案件、よく使う連絡先までまとめてお渡しします。残りは口頭で補足させてください」 |
| 間に合わないと伝える | 「◯日までに用意できる引き継ぎは、業務の一覧と進行中の案件、連絡先までです。足りない部分は、退職後もメールで確認いただければお答えします」 |
じん係長私の場合も、通常業務が減らないまま退職までの期間に入ったため、資料を作り込む時間が取れず、口頭での説明が中心になりました。
業務の一覧と進行中の案件、連絡先の3つが伝われば、後任は自分の判断で動けます。
引き継ぎと並行して転職の準備を進めるなら、転職のロードマップに、辞めたあとの流れを書いているので、あわせて見てみてください。
就業規則に引き継ぎの決まりがあった気がする、という方もいるはずです。就業規則の扱いを整理しました。
就業規則に引き継ぎの決まりがあるときはどうする?
就業規則に引き継ぎの規定があっても、規定どおりに引き継げなかったからといって、退職できなくなることはありません。
なぜなら、就業規則は会社が自分たちで決めたルールであり、民法が定める退職の申し入れより強い効力を持つとは考えられていないからです。
とはいえ、規定を無視してよいわけでもありません。できる範囲で規定に沿って進めたうえで、間に合わない部分は早めに伝えておくと、後々のやり取りが穏やかになります。
規定に届かないと分かった時点で、次のように伝えておくと良いでしょう。
| 場面 | そのまま使える言い方 |
|---|---|
| 規定の期間に届かないと伝える | 「就業規則では引き継ぎ期間が◯週間となっていますが、退職日までに用意できるのは、業務の一覧と進行中の案件、よく使う連絡先までです。残りは口頭で補足させてください」 |
| 罰則の記載について確かめる | 「就業規則の◯条に引き継ぎに関する記載がありました。今回の進め方で問題がないか、あらかじめ確認させていただけますか」 |
| 就業規則の内容 | どう進めるか |
|---|---|
| 引き継ぎ期間の定めがある | できる範囲で沿う。間に合わなければ早めに伝える |
| 引き継ぎをしない場合の罰則が書かれている | 内容を確認する。制裁として給与を減らす場合、1回の減給は1日分の半額までと決まっている(労働基準法91条) |
| 引き継ぎ不足による退職金の減額が書かれている | 退職金規程で減額の条件を確認する |
| 特に定めがない | 最低限の引き継ぎを目安に進める |
就業規則はどこで確認できる?
そもそも自社の就業規則を読んだことがない、という方も多いはずです。会社には、就業規則を働く人に知らせる義務があります(労働基準法106条)。労務の担当者に頼めば見せてもらえます。
社内ポータルに置かれている会社や、休憩室に備え付けている会社もあります。
就業規則の引き継ぎ規定は、退職を拒む理由にはなりません。規則との整合は、揉めないための配慮にすぎません。
押し付けて辞めたという気持ちが、まだ残っている方もいると思います。最後に、後ろめたさの持って行き先を書いておきます。
それでも罪悪感が消えないときはどうすればいい?

引き継ぎが足りないまま辞めることになっても、残せる範囲を渡し、間に合わない部分を先に伝えておけば、罪悪感を抱え続ける必要はありません。
なぜなら、後任がいちばん困るのは、何が残っていて何が残っていないのかが分からない状態だからです。伝えるべきことを伝えていれば、押し付けて逃げたことにはなりません。
自分の口から伝えるのがつらいときは?
自分の口から状況を説明するのがつらい場合は、退職代行を使うという方法もあります。退職を伝えたあとの会社とのやり取りも引き受けてもらえるので、引き継ぎに関する希望や、これ以上出社するのが難しい事情を、代わりに伝えてもらえます。
会社から損害賠償を示唆されている場合については、下の表に並べておきました。前の章のとおり、引き継ぎ不足だけで認められることはまずありませんが、話が出ているなら、頼む先によって対応できる範囲が変わります。
ただし、会社から損害賠償を示唆されるなど話がこじれている場合は、どこまで対応してもらえるかが頼む先によって変わるので注意してください。弁護士資格を持たない業者だと、非弁行為(弁護士でない人が報酬をもらって法律事務を扱うこと)にあたるおそれがあり、交渉までは行ってもらえません。
労働組合は労働組合法にもとづく団体交渉(組合として会社と話し合う手続き)として、会社と話し合えます。ただし、話し合いがまとまらず裁判になった場合に、本人の代理人として対応できるのは弁護士だけです。
| 退職代行の依頼先 | 引き継ぎの希望を伝える | 損害賠償の話への対応 |
|---|---|---|
| 弁護士 | できる | できる(裁判になっても代理できる) |
| 労働組合 | できる(団体交渉として) | 団体交渉として話し合える(裁判の代理はできない) |
| 民間の業者 | できる | できない |
出典:弁護士法(e-Gov法令検索)/労働組合法(e-Gov法令検索)
損害賠償の話が出ている場合は、まず弁護士に相談するのが安心です。裁判になったときに本人の代わりに対応できるのは弁護士だけで、民間の業者は、損害賠償についての話し合いには入れません。
渡せるものを渡し、伝えるべきことを伝えたなら、そのあとをどう受け止めるかは会社側が決めることです。
- 上司と話す時間が取れず、引き継ぎの状況を伝えられないまま日が過ぎている
- 直接説明すると、感情的なやり取りになりそうで避けたい
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引き継ぎをしないで退職するときのよくある質問
引き継ぎを全くしないで即日退職しても大丈夫ですか?
会社が合意すれば即日でも退職できますが、合意がなければ申し入れから2週間は雇用が続きます。引き継ぎの有無は、この2週間の長さを変えません。まずは退職の申し出を2週間以上前に行っておくと、あとの話がこじれにくくなります。
就業規則に「引き継ぎをしない場合は懲戒解雇」と書かれていたらどうなりますか?
懲戒解雇(規律違反を理由とする、もっとも重い解雇)が認められるには、労働契約法15条にもとづく条件があります。就業規則に規定があることに加えて、行為の重さに見合う処分である必要があります。
引き継ぎが多少不十分だった程度で認められる例は多くありません。心配な場合は弁護士に相談してください。
引き継ぎが終わらないまま最終出社日が来そうです。どうすればいいですか?
終わらないと分かった時点で、直属の上司に口頭で伝え、あわせてメールなど記録の残る形でも残しておくと安心です。間に合わないと分かった時点で先に伝えておけば、黙って辞めたと受け取られることは避けられます。何が終わっていないかを一覧にして渡すと、誰に引き継ぐかも決めやすくなります。
退職代行に頼むと引き継ぎ資料も代わりに作ってもらえますか?
退職代行が担うのは、退職の意思を伝えることと、頼む先によっては条件面のやり取りです。引き継ぎ資料の作成自体は代行できません。可能な範囲の資料は、自分で用意しておくと安心です。
有給消化中に引き継ぎのことで呼び出されたら、応じないといけませんか?
有給休暇は労働の義務が免除される日なので、出社や作業に応じる義務はありません。ただ、連絡が取れる時間帯だけ伝えておくと、やり取りは穏やかに進みます。
どうしても必要な作業が残っているなら、有給に入る前の出社日に回してもらえないか相談してみてください。有給そのものを渋られている場合は、退職前の有給消化を断られたときの対処法が参考になります。
引き継ぎをしないと退職金を減らされますか?
退職金の支給条件は、会社の退職金規程で決まります。減額の条件が書かれていない場合、引き継ぎが不十分だったことを理由に一方的に減らすことはできないとされています。規程は在職中であれば閲覧できるので、退職日を迎える前に確認しておくのがオススメです。
まとめ|残せる範囲を済ませたら罪悪感を引きずらない
- この記事で扱ったのは、引き継ぎの時間そのものが確保されていないケースです
- 引き継ぎ不足だけを理由にした損害賠償請求が認められることは、まずありません
- 業務の一覧、いま動いている案件、連絡先の3つをまとめておけば、最低限の引き継ぎとしては十分です
- 就業規則の引き継ぎ規定は、退職を妨げる理由にはなりません
- 一人で抱えきれないときは、退職代行という選択肢もあります
引き継ぎに使える時間が少なくても、上に挙げた範囲を済ませれば十分です。書き出してみると、後任へ渡せるものは思っているより残っているはずです。
この記事を参考に、まずは業務の一覧を書き出すところから進めてもらえたらと思います。
あなたが気持ちよく次の環境に踏み出せることを、応援しています。
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